山茶花


佐方の洞音寺の境内にある 山茶花の銘木。 古刹には この他 戦国武将の墓や 我が母校の美術教師で 敬愛していた杉山赤富士先生の句碑もある。 

今回 小学校でのとんどの帰りに立寄 初めて 気がついた。

赤富士先生は 本来は美術の教師でありながら 俳人で かつ書家であった。で 書道の教師は別に居て 森下先生といい 僕たちは「仁丹」とあだ名していた。 いまや 先生は広島を代表する書家である。

当時の廿日市高校には この他 特攻と呼ばれた物理教師や いまにしておもえば ユニークでそうそうたる教師の集合体であった。

赤富士先生は 一度だけ グランドの傍の芦を描いた絵を 褒めてくれたことがある。 進学に際して 建築を学ぼうとして 希望学校は何処だ?と聞き 広大と答えたら どうでも良いような返事だった。 先生にとって
東京芸大以外は 大学の範疇に無かったようだ。

今にして 思えば あの様な素晴らしい先生の中で のほほんと高校時代を過ごした事は 残念でならない。